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AI大国・カナダ、国主導で進めるAIエコシステムの構築

2024年7月29日掲載

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2024年2月、カナダのAI(人工知能)開発を行うコーヒア(Cohere)社は、世界の101言語に対応した大規模言語モデル(LLM)を提供すると発表しました(従来は約50言語)。誰でも利用可能な「オープンソース」で公開し、今後開発が遅れていた言語でも生成AI利用を促進していくとのことです。

コーヒア社は2023年にNVDIAやOracleから約400億円の資金を調達、ChatGPTのオープンAI社に対抗する企業として注目されています。また同社は、7月16日に富士通と、日本企業への生成AIの提供を目指した戦略的パートナーシップの締結を発表しました。

アメリカの隣で目立たないようにしている「静かな経済大国・カナダ」は、7年前の2017年から「AI立国」へ舵を切っていました。

そして、カナダは着々と世界最大の「AIエコシステム」を構築。大手グローバルIT企業が次々とカナダに開発拠点を作り、現地の研究所や大学と共同研究を行っています。

イギリスのニュースサイト「Tortoise Media」(2023年6月)によるAI開発ランキングで、カナダは、1位のアメリカ、2位中国、3位シンガポール、4位イギリスに続き、第5位となっています。今後カナダはAI先進国としてこの順位を上げていき、世界をリードしようとしています。

この躍進の理由は「見事に構築された『AIエコシステム』」にあります。

エコシステムとは、もとは生態系の用語で、ある領域の生物や植物が、相互に依存しながら生態を維持していく関係性をいいます。

カナダには、最先端のAI技術を研究してきた優れた人材が存在し、その周辺に人・企業、そして資金が集まり、大学や研究機関と連携が進み、そこから輩出されたAIエリートがスタートアップを起業、そこに新たな人材、資金、企業が集まってくる。こういった正の連鎖が起こる土壌が醸成され、まさに「エコシステム」が構築されています。

国家としてのコミットメントと「AI人材の確保」

現在もっとも期待されていて最重要テクノロジーのAI。この分野の開発で一番重要なのは「人材の確保」です。

カナダは国の戦略として、AI 分野の世界的リーダーになるという目標を掲げ、2017年に世界に先駆けAIの国家戦略「汎カナダAI 戦略(Pan-Canadian AI Strategy)」を発表。

「カナダ先端研究機構・CIFAR(Canadian Institute For Advanced Research)」を設立し、AI研究への支援を一元化し効率的に管理・実行。そして優秀なAI人材の確保を進めています。

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AIのゴッドファーザーとAIマフィア

そしてこのAI人材の確保について、カナダに圧倒的なアドバンテージをもたらしているのが『2人のゴッドファーザー』の存在です。

世界の「ディープラーニング(深層学習)のゴッドファーザー」と言われる3人のうち、

  • ジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)トロント大学・名誉教授
  • ヨシュア・ベンジオ(Yoshua Bengio)モントリオール大学・教授

の2名がカナダの大学に在籍。
※もう1名はヤン・ルカン氏(Yann Andre LeCun)。2018年に上記の3人は「コンピューター科学のノーベル賞」とされるチューリング賞を受賞。ヤン・ルカン氏もトロント大学の博士課程でヒントン氏の研究室に在籍していました。

また「強化学習 (Reinforcement Learning) の創始者」のリチャード・サットン(Richard Sutton)氏がアルバータ大学に在籍。

上記の4人をはじめとして、カナダの大学や研究室でAI研究に携わった研究者は「カナディアンAIマフィア」と呼ばれています。このようにカナダは「世界最高のAIの頭脳」を擁し、世界中からAIの研究人材が集結しています。

世界のAIテクノロジーを牽引するカナダの3つの「AIスーパークラスター」

上記の2つのファクターを基に、カナダには「3つのAIスーパークラスター」ができあがっています。カナダ政府は、トロント、モントリオール、エドモントンの3都市を「AI戦略都市」に指定しそれぞれにAI研究所を配置。大学とこれらの研究所を中心に、多くの優秀な研究者が集まり、世界のグローバルIT企業が投資、スタートアップ企業も生まれ「AI産業の大集積地」となっています。

その3つは下記になります。

①オンタリオ州トロント:「ベクター研究所(Vector Institute)」
トロント大学
代表的な研究者:ジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)博士

カナダ最大のAIクラスター。トロント大学には、前述のディープラーニングのゴッドファーザー「ジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)名誉教授」が在席。

世界大学ランキング 22 位のトロント大学を中心に、9の大学と約40の民間企業と連携した「ベクター研究所(Vector Institute)」は、AI応用研究を推進するほか、AIの教育・人材育成プログラムを提供する世界最高レベルのAIの研究所。

AI関連研究所としては、GoogleやUber Technologies、NVIDIAなどが研究拠点を設置し、約50社のグローバルIT企業が5年間で計1億ドル以上を拠出しています。

近接のウォータールーも強力なAI研究センターを持ち密接に連携しています。

②ケベック州モントリオール:「モントリオール学習アルゴリズム研究所(Mila)」 
マギル大学/モントリオール大学
代表的な研究者:ヨシュア・ベンジオ(Yoshua Bengio)モントリオール大学教授

カナダで2番目に大きいAIクラスター。

モントリオールには世界大学ランキング42位のマギル大学、モントリオール大学など11の大学が存在。もう1人のディープラーニングのゴッドファーザー「ヨシュア・ベンジオ(Yoshua Bengio)教授」が率いる「モントリオール学習アルゴリズム研究所(MILA)」を中心に、AIの研究者数は世界最大級となっています。

③カルガリー州エドモントン:「アルバータ・マシン・インテリジェンス研究所(AMii)」 
アルバータ大学
代表的な研究者:リチャード・サットン(Richard Sutton)教授

アルバータ大学はAIと機械学習の論文の数では世界トップ3。

深層強化学習の父として知られる「リチャード・サットン(Richard Sutton)教授」が率いる「アルバータ・マシン・インテリジェンス研究所(AMii)」は、深層強化学習の世界最高レベルの研究を進めています。

最も注目されているテクノロジー「AI」。

カナダは将来を見据え、AIを核に、スタートアップや外国企業の国内進出、雇用創出、対内投資拡大を加速させようとしています。AIはこの2年で一気に実用化が進み、今後あらゆる業種・業務で活用が期待される最も重要な分野です。グローバルIT企業はその開発と活用に多くの力を投入しています 。

この分野で主導権を握ることを目論む企業や国は「優秀なAI人材」の獲得競争に走っています。

一歩早く、国家戦略として体制を整備したカナダ。「AI大国」として存在感をますます高めています。北米の資源大国カナダは、もう1つ強力な武器を手にしています。

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