GLOBAL&TREND
海の底での安全保障、海底ケーブルと潜水艦
2024年5月21日掲載
私たちに不可欠となったインターネット。世界のどこからでも国内のサイトにアクセス、国内にいても世界のサイトを閲覧でき、メールも飛ばせる、この当たり前の日常を支えているのが「海底ケーブル」です。世界の通信の99%を担う基幹インフラは世界中の海の底に張り巡らされ、その本数は約450本、総延長は約140万キロメートル。日本とつながるものだけで約30本となっています。
つい最近、4月10日にGoogleが投資額10億ドル(約1500億円)で、日本とグアム、ハワイを結ぶ海底ケーブルを2本増設することを発表しました。動画配信やクラウドなどデータ需要の飛躍的な増大に比例して、2024年の完成距離は5年前の3倍になるとのことです。
この海底ケーブルが今、安全保障の面からも注目を集めています。
アメリカとの分断でつながらなくなった中国
この30年の間、中国は飛躍的な経済成長によりIT化が急速に進行しデジタルデータの大集積地となりました。30年前1994年以降に稼働した1000キロメートル超の海底ケーブルは、香港を含め、また2024年の完成分も合わせて15本。太平洋を張られるケーブル網への出資はアメリカ企業との共同も珍しくありませんでした。しかし5年ほど前からアメリカ企業は、アジアと結ぶケーブル網を中国・香港から迂回させるルートの施設を急いでいます。
太平洋~アジアの新設ケーブルの2025年以降の計画は、日本とは4本、シンガポールとは7本、グアムは9本ですが、中国とは、香港と接続するケーブルが2025年に3本完成するのが最後で、その後は1本も予定がありません。
安全保障上、アメリカをはじめとする自由主義国家は、中国の情報通信の安全が担保されてないことで接続を避けています。
安全保障上の最重要インフラ「海底ケーブル」
そして、台湾有事の際の昨年行われたシミュレーションによると、中国の最初の攻撃は台湾と結ばれている海底ケーブルの切断です。アメリカ、日本などとの通信を遮断、連携を断ち孤立させ、その一方で中国本土と結ぶ海底ケーブルだけ生かして大量のプロパガンダを送り込み情報統制を敷く作戦だといいます。
このように「海底ケーブル」は、まさに安全保障上の最重要インフラなのです。
また海の底でも、人工衛星が飛び交う宇宙空間同様に覇権争いが密か激化しています。
安全保障の大きな脅威となる潜水艦
中国や北朝鮮が力を入れて建造を進めているのが「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)」の搭載発射が可能な「弾道ミサイル潜水艦」です。「弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)」は、現在、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、インドが保有。また北朝鮮、韓国も「通常推進弾道ミサイル潜水艦(SSB)」を保有しているといいます。
原子力潜水艦は燃料補給がほぼ不要。原子炉からエネルギーを得て動き、海水を蒸発させて真水と酸素をつくることができ、浮上することなく半永久的に潜水が可能です。日本の周辺では中国とロシアが原子力潜水艦を増強中とのこと。中国の潜水艦保有数は、イギリスの国際戦略研究所(IISS)の『ミリタリー・バランス(2023年版)』によると59隻。日本の海上自衛隊の22隻を大きく上回ります。うち6~8隻が「弾道ミサイル原子力潜水艦」と思われます。
また北朝鮮は日本列島を射程におさめる巡行ミサイルを搭載の「弾道ミサイル潜水艦」の配備を進めているといいます。
そして「弾道ミサイル潜水艦」の任務は「報復核戦力の保持」であり、哨戒時は仮想敵国をミサイルの射程におさめ自軍の支援が得られる地域で行動します。ロシアにとってオホーツク海がその地域になります。
つまり、日本の周辺海域には相当な数の潜水艦が展開し、核ミサイルを打ちこむことが可能な安全保障上大きな脅威となる潜水艦が多数息を潜めています。
見えない潜水艦を探知する「海底ケーブル」
これら「原子力潜水艦」への対策で力を発揮するのも「海底ケーブル」です。
まずアメリカが開発した音響監視システムSOSUS。これは海底ケーブルに音を探知するソナーを設置。高感度の探知能力で潜航する潜水艦の探知が可能。日本の太平洋方面に配備のOSUSは、海上自衛隊・沖縄海洋観測所を拠点として、九州南部や台湾沖に向かって数百キロに張られています。
また、対馬海峡や東シナ海方面には「太平洋東北ケーブルセンサー網」という地震や津波に対して海中の変化を感知するためのケーブル網が設置され、これは周辺の潜水艦を探知することも可能。これらのケーブル網は、日本の排他的経済水域はもちろん台湾周辺や朝鮮半島まで敷設され、国籍不明の潜水艦が侵入すればすぐに探知が可能とのことです。
日本が進める「リチウムイオン電池」搭載の潜水艦
前述のように安全保障上の大きな脅威にさらされている日本も、海中戦力の増強を進めています。
他国と違い「原子力潜水艦を保有できない」日本は、リチウムイオン電池搭載の通常動力型の潜水艦を世界で初めて建造しました。リチウムイオン電池の電力は従来の鉛の電池の2倍以上あるため、水中航行能力が高く潜航時間も大幅に延ばすことを実現しています。
現在、日本の潜水艦の建造は、三菱重工と川崎重工が一年間隔で交互に任されています。今は、三菱重工業神戸造船所で「たいげい型5番艦」、川崎重工業神戸工場で「たいげい型6番艦」が建造中。
政府の各年の防衛関係予算によると「たいげい型5番艦」の予算は2021年度684億円、「たいげい型6番艦」は2022年度予算736億円。2023年度予算で「7番艦」808億円、2024年度予算で「8番艦」950億円が計上されています。起工から竣工までは約4年で「5番艦」は2026年に竣工の予定です。その後、新型次期潜水艦の建造を2028年から進める予定のようです。
以上のように「海底ケーブル」の施設と「海に潜航して安全保障を保つ・潜水艦」の建造、地球の70%を占める「海の中」での覇権争いが活発です。
ヨーロッパにおけるロシアの脅威、緊迫する中東情勢、そして台湾有事や中国の海洋進出、北朝鮮の挑発。地政学的なリスクが急激に高まっている現在、世界のどの国も安全保障への負担を自国で相応にしなければならなくなり、各国が多額の財政出動を行なわざるを得ません。日本で経済安全保障の範疇で行われている「半導体」また「AI」への財政出動も安全保障の側面があります。これら一連の取り組みの特徴は「巨額の財政出動が長期のタームで継続される」ということです。日米金利差や景気動向、インフレや物価上昇などなど金融や経済の変数には眼が離せませんが、世界の底流には「長期周波の太い大きなトレンド」が流れていることを忘れてはなりません。
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